2004年「月刊メジャーリーグ」から再録。

アルバート・プホルス[カージナルス・一塁手]

5 ALBERT PUJOLS

マグワイアから “セントルイスの顔”を引継ぎ、猛打を振るい続ける24歳の大打者

文◎梅田香子

Text by Yoko Umeda

イラスト◎山下一徳

Illustrations by Kazunori Yamashita

(タイトルバックのクレジット)

Photo/Toshi Kan

　イチローがマリナーズにきて、メジャー1年目でア・リーグのMVPと新人王に輝いた2001年、ナ・リーグを大いに沸かせたのがカージナルスのホゼ・アルバート・プホルスであった。

カージナルスでは、カブスのサミー・ソーサと数々の名勝負を演じたマーク・マグワイアが、そのシーズン終了後に突然、引退。希代の大砲と入れ替わるかのように表舞台にデビューしてきた訳で、それはまさしくミッド・ウエスト(中西部)におけるニュー・ヒーローの誕生と言えた。

　同僚の田口壮は証言する。

「ともかく凄い男ですよ。勤勉というか、集中力が凄いと言うか。試合のための準備は常に怠らず、日々コツコツと努力する男です」

　本拠地のブッシュ・スタジアムはダウンタウンの外れにあり、有名なゲートウェイ・アーチからも近い。

　これは開拓者たちの夢と野心を称えるため65年に建築された街の象徴的なオブジェで、頂上には展望台があって約200メートルの高さからセントルイス全体とミシシッピ川を見渡せる。アルバートはこれが好きで、友人や親戚がセントルイスにくると、必ずといっていいほど展望台に連れていく。

「だって気持ちがいいじゃないか。最高だよ。僕は、ここから見る景色が大好きだ。風で少し揺れるのはちょっと怖いけど」

　セントルイスのあるミズーリ州は、いろいろな一面を持っている。主な産業の一つが畜産で、航空機や自動車製造業でもかつては栄えた。また、バドワイザーで知られるビール会社も有名だ。

　州のニックネームも多々あり、その一つに「ショー・ミー・ステイト」というものがある。これは「証拠を見せてみろ」という意味で、ミズーリの人々は独立精神に富んでいて教育熱心だが、やや疑い深く、協調性に乏しいと言われる。そのせいなのか、民主党のリチャード・ゲッパート議員や共和党のジョン・ダンスフォード議員など、対日強硬派の議員に同州の出身者は数多い。

　独立精神といえば、州西部にはインディペンデンスという名前の市があり、そこの出身者として有名なのが33代アメリカ大統領ハリー・トルーマンであり、このプホルスなのだ。広島、長崎への原爆投下を実行したトルーマン大統領ではあるが、近年、インディペンデンス市は東京都の東村山市と姉妹関係にあり、ミズーリ州自体は長野県と友好関係を結んでいる。

　アルバートは言った。

「僕にとってインディペンデンスは生まれ故郷に等しい。今でも友人がたくさんいるからね」

　80年1月16日、ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴで生まれたアルバートは、母がどういう人だったのかほとんど記憶に残っていないと言う。両親よりも祖母アメリカに育てられ、厳しい躾を受けたので、学業成績はいつもトップだった。

　父のベンこと、バイエンベニードは生活保護を受けながら、政府が提供する低所得者のための共同住宅で育った。スラム街と言うより難民キャンプのようで、トタン板を寄せ集めただけの小屋で、雨風をしのぎながら10人の叔父や叔母たちと生活していた。

　この大家族をひとまとめにしていたのが祖母アメリカで、生まれたその日からアルバートも大勢の家族に囲まれながら、一つ屋根の下でスクスクと成長した。

「極貧ではあったけれど、愛情に包まれた環境にあったから不幸ではなかったな。お金よりも大切なものが世の中にはたくさんある。子どもなんか、みんな裸足で育つものだと思っていたし、ドミニカってところは太陽の光がそこら中に溢れている国なんだ。僕は母がどんな人だったかよく覚えていないんだけど、祖母のアメリカが自分の息子同様に接してくれたから、寂しさはそれほど感じなかった」

　母と同じく、父もアルバートにとっては遠い存在だった。ベンは何をしているのか、何を考えているのかよく分らないところがあり、フラリと出かけてしまって何日も続けて家を空けることが多かったし、定職に就いていない時期の方が長かった。

「今のベンは、もうベンではないんだよ。抜け殻みたいなものさ」

アメリカがそんな風に話してくれたことがあった。途切れ途切れに聞いた話をつなぎ合わせると、ベンが若い頃に将来を有望視された速球投手だったこと、メジャー・リーガーになることを夢見ていたこと、結局はケガでモノにならなかったこと、という過去の映像が断片的に浮かび上がってきた。

「心のどこかで、いつも父親を求めていたように思う。“ダディ、もっと僕を見て!”という思いは、いつだって抱えていた」


　高校2年時には88打席で55敬遠

　6歳になった頃、すでにアルバートは野球に夢中だった。ごくたまにベンが試合や練習を見にきてくれるのが、嬉しくってたまらなかった。アルバートが16歳になった時、プホルス一家はよりいい暮らしを求めて海を渡り、思い切ってニューヨークに移り住むことにした。祖母アメリカの英断である。

　最初に暮らしたのはヤンキー・スタジアムに程近い、ヒスパニック系の移民が多く住む地区だった。英語なしでも生活には困らなかったから、さほどドミニカと違いがあるようには思えなかった。ところが月日が経つにつれて、周囲の治安は最悪なもので、麻薬の売人やギャングたちの巣窟であることが分ってきた。

　ある日、使いにいったアルバートは、たまたま道路脇で口論していた男たちが揉みあい、いきなり拳銃を持ち出して一方が殺されてしまうのを目撃した。

　それを聞いた家長のアメリカは震え上がり、即座にもっと安全な新天地を求めて引っ越すことを提案。特に知り合いがいた訳ではなかったのだが、東海岸を捨ててグレイハウンド・バスを乗り継いだ。そして、ミズーリ州のカンザスシティに近いインディペンデンスに辿り着いたところで、所持金が尽きてしまった。

　2階より高いビルはなく、ポツポツと離れて家が立ち、畑や空き地がそこら中に広がり、四方は地平線に囲まれていた。それでも、少なくとも土地は切り開かれていたから、かつての開拓者たちのように丸太小屋を作り、井戸を掘る必要はなさそうだった。

　今でこそ、ミズーリ州だろうとミッド・ウェストのどこであろうと、ヒスパニック系の移民は全く珍しい存在ではなくなったが、70年代の当時はそうではなかった。受け入れる側も受け入れてもらう側も、互いに情報が不足していて戸惑いと勘違いの連続だった。何しろ、当時はヒスパニックたちの大部分がマイアミかあるいはニューヨーク周辺で自分たちのコミュニティを作り、童話に出てくる“都会のネズミ”のように、貧しいながらも都市部で暮らしていたのである。

　プホルス一家は、アメリカをはじめとして誰もほとんど英語を話せなかったから、この引っ越しはいささか無謀な試みのように思われた。ところが、彼らには雄大な大自然に囲まれた田舎の生活の方が性に合っていた。また、意外なほどインディペンデンスの住民たちから暖かく迎え入れてもらうこともできた。

「中西部のことを“ハートランド”と呼ぶ理由がよく分かった。ともかく、いい人ばかりだったもの。父も農作業を手伝うという仕事をすぐに得たし、物価も安く、住むところもすぐに見つかった」

　この辺りは、名作『大草原の小さな家』の舞台になったところでもあり、開拓時代の名残りや使われていない丸太小屋などが、まだあちこちに残存していた。プホルス一家がたまたま空き家になっていたので安い家賃で借りた一軒家は、ドミニカで暮らしていた集合住宅と比べたら、まるで王様の住む御殿のように広かった。

　一家の中で最初に英語を覚え、すぐに地元に溶け込んだのはアルバートだった。16才ながらすでに身長は188センチあり、野球を通してすぐに友だちを作り、周囲から認められるようになった。

地元のフォト・オサージ高校には一つ学年を落として1年生クラスに編入した。今では大抵の公立学校に英語の補修コースが置かれているが、当時はなかった。にもかかわらず、ほぼ1年で言葉の壁を克服してしまったのだ。

「それはもう、必死に勉強したものだよ。何て言うか、早く英語を覚えたら、それだけ早くメジャー・リーガーになるという夢に近付けるように思えたんだ。もうその頃には、自分にとって野球はとても大きな意味を持っていた。野球があったからこそ、僕はミズーリでの生活にもスンナリ溶け込めたし、ほとんど苦労知らずだった」

　フォト・オサージ高校の野球部で監督をしていたデービッド・フライは、「ともかくアルバートは努力家だった。スイングの鋭さは天下一品で、これは将来大物になると思った。ホームランの飛距離も凄くて、450ｍ飛んだものもあった」
　と証言する。

　高校生活2年目を迎えると、すでに相手チームにもその存在が知れ渡ってしまい、88打席中55回も歩かされてしまった。それでも8本塁打を放ち、この頃からメジャー・リーグのスカウトたちがポツポツ現れるようになった。

　ミズーリ州の学校制度では中学は2年間、高校は4年間が原則とされていた。だが、野球だけでなく学業でも常にトップにいたアルバートは授業の単位を多めに取っていたので、人より半年ほど早く修学を終えてしまった。

　それを自慢するようなこともなく、1月には周囲の人に勧められるまま、カンザスシティに近いメープルウッド・コミュニティ・カレッジに入学した。この大学の野球部監督はマーティー・キルゴアといい、カンザスシティ一帯の高校選抜オールスター・ゲームに出場していたアルバートの才能にスッカリ惚れ込んでしまい、
「ウチの大学にこい。一緒にやろう」
　と熱心に勧誘したためである。

　大学での定位置はショートだった。最初のシーズンから打率.461、22本塁打、80打点と打ちまくり、ジュニア・カレッジ・ワールド・シリーズにも出場。メジャー・リーグのほぼ全球団のスカウトが視察に訪れていたが、とりわけカージナルスが熱心に誘ってきた。

　同じ頃、ラテンダンスのパーティーでディードレという21歳のチャーミングな女性と出会った。アルバートは彼女より3歳年下だったが、好かれたい一心で嘘をついてデートの約束にこぎつけた。

　ディードレはちょうど長女のイザベラを出産したばかり。軽度のダウン症だったことや、父親に当たる男性とうまくいっていないことに心を痛めていたが、アルバートはディードレのこともイザベラのことも、出会ってすぐに好きになってしまった。

「イザベラはディードレそっくりの赤ちゃんで、まるで天使のような愛らしさだった」

　何度かデートを重ね、ある日、遂に年齢を偽っていたことを告白し、
「こんな僕でよかったら結婚してほしい」
　とプロポーズした。ディードレは考え方が大人びていて、体格もよかったアルバートが3歳年下だと

聞いて驚いた。が、すぐに過去を断ち切り、イザベラとアルバートと共に新たに家庭を築く決意を固めた。

19歳の初夏、ドラフトでカージナルスから13巡目に指名された。提示された契約金がたったの1万ドルだったこともさることながら、上位で指名されなかったという事実がアルバートの心を傷付け、自信を喪失させてしまった。

大学レベルの選手たちを集めたセミプロ・リーグ、ジェイホーク・リーグが地元では盛んだったため、アルバートはカージナルス入りを即断せず、そのリーグのヘイズラークスという球団に入ることを選んだ。カンサスシティから4時間ほど西の町を本拠地としていたので、最初はフランク・レオ監督の家に仮住まいさせてもらった。

　夏の間中、ディードレとイザベラと離れて暮らすのは辛いことだった。

「2人が恋しかった。電話代が高かったから毎日は無理だったけれど、1週間と空けずに電話して、声をきくのが楽しみだった」

　ジェイホーク・リーグでは金属バットを禁止していた。アルバートは昔からできるだけ木製バットを使うようにしていたが、ここで3カ月プレーした体験は、技術面で大きな飛躍をもたらした。

「ぼんやりとグラウンドに立つな。クレバーになれ。選手一人一人が監督になったつもりでボールを追え。それが私の野球だ」

　このレオ監督のアドバイスに従って、ただ漠然と打席に立つのではなく、試合の状況を見極め、どういうバッティングを必要とされているのか、守備に就く時は何を求められているのか、常に頭の中でアンテナを張り巡らせながらプレーするようになった。

「コーチたちとは試合が終わった後も、ああでもないこうでもないと話し合いを重ね、たくさん学ばせてもらった。そういう時間が、僕にとってはダンスパーティーなんかより楽しく、刺激的だった。頭を使うようになったら不思議なもので、今までよりもっともっともっと野球が好きになったんだ」

　夏の終わりに再びアルバートの元を訪れたカージナルスのスカウトたちは、思わず立ちすくんでしまった。まるで別人のように自信とファイテイング・スピリットに溢れた、チームの往年の大打者スタン・ミュージアルを思わせる若者がそこにいたためだ。

「もう一度、話し合おう。ウチはぜひ、君を獲得したい」

　今度の契約金の提示額は6万ドル。アルバートはこれを受け入れて入団が決まり、アリゾナの教育リーグに派遣された。そこでは三塁を守り、早速、打率.323という好成績を残した。

　そのオフ、念願叶って1月1日にディードレと華燭の儀に臨んだ。

「どうして新年に結婚したかって? それは彼女が選んだんだ。絶対に結婚記念日を忘れることがないように、ってね」

　そして、2000年の野球シーズンが幕を開けた。キャンプにはマイナー・リーガーとして参加し、開幕はミッドウェスト・リーグのA級ピオリアで迎えた。すると早々に格の違いを見せ付け、105試合に出場して打率.324、17本塁打、84打点をマーク。AA級ポトマックへの昇格を決めた。AA級でも三塁を守り、21試合で打率.284、2本塁打、10打点の成績を残し、8月には後にAAA級メンフィスへステップアップした。AAA級では、公式戦には3試合しか出場できなかったが、パシフィック・コースト・リーグ・プレーオフの秘密兵器として期待に違わぬ活躍をみせた。7試合を戦って打率.367、2本塁打。チームは優勝を飾り、プレーオフのMVPにも選ばれたのだが、アルバートには心の底からシャンパン・シャワーに酔う余裕はなかった。

　というのも、1月には長男のA・Jこと、アルバート・ジュニアが生まれたばかりで、妻と2人の子ども

だけではなく、妻の両親もアルバートを頼ってすでに一緒に暮らしていたため、ともかく彼らを養う必要があった。多くのマイナー・リーガーたちがそうであるように、アルバートもオフの副業を持っていた。メドウブルック・カントリークラブというパーティーの演出とケータリング・サービスを手がける会社がそれだったから、美酒に酔うどころかのシャンパンを手配する側として頭も体もフル稼働させなければならなかったのである。

「今でもシャンパンの銘柄には詳しいよ。お客の好みと予算に合わせて、シャンパンはもちろん、グラスやテーブル・セッティングも気を配らなくてはならなかった。バーテンダーはプロを雇うんだけど、僕もマネごとみたいなことはできるようになった」

　翌2001年の春は、メジャー・キャンプに招聘され、オープン戦でも安定した打棒を披露して、確実に数字を残していった。名将トニー・ラルーサをはじめとした首脳陣が大きな期待を寄せているのは明らかで、アシスタント・コーチのホゼ・オケンドーと一塁守備の練習を始めさせられた。起用する側としてはアルバートの打棒を生かすために、守備の可能性を少しでも広げておきたかったのだ。

　カージナルスの選手層は厚く、アルバートは開幕メンバーに名を連ねることができるかどうか、微妙なボーダーライン上にいた。一塁のマグワイアを筆頭に錚々たる顔ぶれが揃い、まだ実績を残していない新人が食い込むのは、かなり厳しい状況と言えた。

　そんな時、先発投手のダリル・カイルが何かと親切にしてくれて、ピッチャーの立場からメジャーに昇格した時のために役立つ情報をいくつも提供してくれた。

　妻や子どもたちのためにも絶対にメジャーに残りたい。その思いが人一倍強かったアルバートは、ヒットが続いているとはいえ決して気を抜かず、練習も試合も一つ一つ、心を込めて打ち込んだ。

最初のチャンスが回ってきたのは、主力選手のケガが発端となった。キャンプの終盤になって、ボビー・ボニーヤが大腿部を痛めたのである。ボニーヤは、オフに補強したばかりの代打の切り札的な存在だったから、その分のスポットが空いた。

そこから先は、まるで夢のような日々が続いた。

「何もかも初めての出来事だったから、ついボーッとしてしまい、夢だったら醒めてくれるな、という気持ちだった。首脳陣からは何も説明はなく、ただ開幕日になっても下にいけとは言われなかったから、そのままチャーター機に乗ってしまった感じ。ハッと我に返った時、すでにもう僕の夢が現実のものとなっていた」

　4月2日、敵地コロラド。マイナーとは比べ物にならないほど重厚な趣に溢れたスコアボード。ゴツゴツと剥き出しになったところなどない、緑のカーペットのようなグラウンド。至れり尽くせりで、ピシッと整えられたロッカー。そこにはお古ではない、新品のユニフォームが下がっていて、背中にはプホルスの文字が刻まれていた。

「遂にやった。メジャー・リーガーになったんだ。イヤッホー! ああ、ディードレ、イザベラ、A・J!

信じられるかい。神様、ありがとうございます!」

数時間後、真新しいユニフォームに袖を通した21歳のミッドウエスト・ボーイは、開幕戦のベンチ入りに成功したばかりか、いきなり先発左翼手としてロッキーズ戦での出場を告げられた。もちろん、断る道理はない。思わず電話に手を伸ばし、自宅の番号をプッシュせずにいられなかった。

　6日のダイヤモンドバックス戦で初ホームランを放つと、アルバートは本拠地セントルイスでの開幕となる9日のロッキーズ戦でもアーチをかけた。球団史上、本拠地開幕戦で新人がホームランを打ったのは、54年のウォーリー・ムーン外野手以来のことであった。

　満員のスタンドといい、華やかな開幕セレモニーといい、スター選手ばかりが揃った自軍のベンチといい、何もかもがアルバートにとっては新鮮な感動だった。

　やっとつかんだこのチャンス。絶対にものにする!

　28日には、メッツの救援左腕ジョン・フランコから8号を打ち、82年のケント・ハーベック(ツイン

ズ)、94年のカルロス・デルガード(ブルージェイズ)に並ぶ4月の新人最多本塁打記録に並んだ。この年

から新設された月間最優秀新人賞にもア・リーグのイチローと共に選ばれ、代打要員どころか故障がちだったマグワイアの代役としてクリーンアップに名を連ねるようになった。

　そうなると、地元セントルイスでは「何としてもプホルスをオールスターへ」という気運が高まり、マスコミもこれに乗って特集記事を組み、ちょっとしたキャンペーンとなった。お陰で、アルバートの名前は候補者として投票用紙に印刷されていなかったにもかかわらず、注目度は高まりつつあった。

7月に2週間近いスランプに見舞われたが、神は見捨てなかった。
　メッツのボビー・バレンタイン監督が推薦選手としてアルバートを選んだため、カージナルスでは55年のルイル・アヨーロ投手以来となる新人での球宴選出となった。試合では途中出場で四球を一つ選んだだけだったが、カージナルスの新人が実際に出場したのは、49年のエディー・カザック三塁手以来であった。後半戦でも、ラルーサ監督は積極的にアルバートを起用。守備は巧くはなかったが、強味となったのは三塁の他に、一塁、左翼、右翼を守ることができたことだった。

　8月になってアルバートの打棒はさらに調子を上げた。17試合連続ヒットあり、439@の弾丸ホームランありで、チームがワイルドカートでポストシーズン進出を果たす原動力となった。結局、ダイヤモンドバックスとのディビジョン・シリーズでは、豪腕ランディー・ジョンソンから流し打ちのホームランこそ放ったものの18打数2安打と不振で、カージナルスは敗退。その後、そのダイヤモンドバックスはヤンキースとの死闘を制して球団初の世界一に輝いた。

　アルバートの1年目は161試合に出場して、打率.329厘、37本塁打、130打点。素晴らしい成績で、満票で新人王に選出された。ア・リーグでは、やはり旋風を巻き起こしたイチローが同賞に選ばれたのだが、こちらはインディアンスのC・C・サバシア投手に1位票を一つ奪われて満票とはならなかった。ただし、イチローがMVPも受賞したのに対し、アルバートはMVP投票では4位に終わり、73本塁打の新記録を樹立したジャイアンツのバリー・ボンズ外野手の前に及ばなかった。

　そのオフは「2年目のジンクス」を恐れ、浮かれることはなくシーズン中と同じペース配分で練習を続けた。毎朝、打撃練習を行い、筋力トレーニングを欠かさなかった。お陰で、翌2002年も打率.314、34本塁打、127打点をマーク。6月22日には、昇格当初に親切にしてくれたカイル投手が遠征先のホテルで亡くなるという悲しい出来事もあったが、カージナルスは地区優勝を飾った。ポストシーズンでは、前年と同じくダイヤモンドバックスとディビジョン・シリーズで対戦し、3連勝で一蹴して借りを返した。だが、チャンピオンシップ・シリーズではジャイアンツに敗れ、ワールド・シリーズには進めなかった。

　昨年もアルバートの打撃は進化を続け、打率.359、43本塁打、124打点で初の首位打者を獲得。公式戦最終日までロッキーズのトッド・ヘルトン一塁手と毛差を争うほどのデッドヒートを制した。

　生真面目で敬虔なクリスチャンであり、オフの日曜日は必ず、家族と一緒に教会に足を運ぶ。チャリティー活動にも熱心で、収入の10%は寄付に使ってしまう。

　カージナルスは今年の2月20日、アルバートと7年間総額1億ドルという大型契約を結び、“セントルイスの顔”としてこの24歳の大打者を長くチームに留まらせることに成功した。

「やっぱり、中西部が自分の性に合っていると思う。ノビノビとプレーさせてもらっているから、できたらこのままカージナルスのユニフォームを着続けて、ここで野球人生を終えたい」

　マグワイアの引退後も大きな戦力ダウンに見舞われなかったのは、アルバートの存在があったからだ。実際、構えの雰囲気といい、ボールの捕らえ方といい、どこかマグワイアを連想させる。髭を生やしてみたり、剃ってみたり、服装には無頓着。だが、こと野球と家族のこととなると細心の注意を払い、惜しみない情熱と愛情を注ぐ。マグワイアもそうだった。

　近い将来、カージナルスに世界一の栄冠がもたらされる時、グラウンドには必ずアルバートの姿があるはずだ。＜了＞

＊記録はすべて2004年の時点にものです。